風狂盲人日記 ㉗ 天災と人災

従心会倶楽部の顧問で国際教養大学名誉教授の勝又美智雄先生は、数年前緑内障の悪化で失明され、ご不自由な生活を余儀なくされておられます。
このような中、近況を「風狂盲人日記」としてご寄稿いただいておりますのでご紹介させていただきます。
今回のテーマは「天災と人災」です。

株式会社従心会倶楽部 顧問
国際教養大学 名誉教授

勝又 美智雄 先生

2024年1月吉日

 昨年末、大学の教え子がご主人と4歳の娘を連れて我が家に来てくれた。昨夏会って色んな話をした時「目が不自由な先生のためにプレゼントします」と言ってくれたAmazon社のスマートスピーカー「アレクサ」を持参し、コンピュータエンジニアのご主人が私の机の上にセットしてくれた。ダチョウの卵ほどの大きさで、これに「アレクサ、ラジオのNPR(全米公共放送)を聴かせて」と言えば、すぐに放送局を探し当てて流してくれる。音楽で「さだまさしの歌を聴かせて」と言えば、即座に『関白宣言』から『精霊流し』、『風に立つライオン』などまで、1時間ヒット曲が流れる。「Audibleで大沢在昌の『新宿鮫』を聴かせて」と言えば、その作品の朗読が始まるといった具合で、盲人にとって便利この上ない。新年に向けて素晴らしいお年玉をもらったと喜んで、深く感謝した。

 新年は穏やかに始まると、元旦にラジオのBBC(英国営放送)を楽しんで聴いていたら、夕方地震が起きた。揺れ具合から東京で震度3あるかないかの揺れだな、たいしたことないだろうと思ったら、石川県能登地方でマグニチュード7.6、最大震度も7あったと聞いて驚いた。正月に実家で家族全員で楽しく過ごしている家庭も多かっただろうし、観光地が多いのでお正月ゆっくりと温泉を楽しむ客たちも多かったに違いない。被害情報がなかなか分からず、ニュースを聴いていてイライラさせられた。

 2日には羽田空港滑走路で日航機と海上保安庁の小型機が衝突する事故が発生し、更に驚いた。大型旅客機が頻繁に発着する滑走路に小型機が入ってくるということに呆れたが、管制塔との交信のミスか、パイロットの判断ミスか、これは事故と言っても人為的なミスによる人災としかいいようがない。

 3日午前2時のNHKラジオニュースで、被災状況の後「元日夜からSNSなどで様々なデマ情報が大量に流れています」とのコメントがあった。隣国(北朝鮮か中国)から核ミサイル弾が日本海に撃ち込まれ、そのため地震が起きたというもので、中には2、3年前の自衛隊最高幹部の記者会見のフィルムを編集して、さも今、日本が核攻撃されているという話を流しているSNSもあったという。

 それで思い出すのは、1923年(ちょうど100年前)の関東大震災の時、「在日朝鮮人、中国人が武装して暴動を起こし、日本中を大混乱に陥れようと井戸に毒薬を撒くなどしている」などというデマ情報が瞬く間に広がったことだ。各地域で住民たちの自警団が編成され、地域で見慣れない朝鮮人、中国人を次々に掴まえては暴行を加え、数千人が虐殺された。大きな天災の後にはこうした人災が付き物なのだが、今回も地震に乗じてそれを面白がってデマを捏造して流布する“愉快犯”が多数出たことも間違いない。幸い、今回はそうしたデマや流言飛語による人災はほとんどなかったようだが、SNSの発達と同時にそうした手の込んだデマや中傷がまき散らされることは避けようがないのかもしれない。

 地震の被害状況をずっと聴いていて腹立たしく思ったのは、自治体や政府の動きが決してスムーズではないことだ。大地震が起きれば道路が寸断され、水道・電気が止まり、救助活動も思うようにいかないのは当然だが、そうした事態になることを想定して、各自治体では防災マップやマニュアルを作成しているはずだ。それがいったいどの程度素早く対応できたのか。ラジオを聴いている限り、自衛隊の救援部隊が現地に到着してもなかなか動きが取れないとか、ボランティアの救助グループが活動しても、そうした動きが地元の自治体に現場の実態報告として上がらず、負傷者の救出などの人命救助がなかなか思うように進まないことが窺えた。

 日本はリスク・マネジメント(事前の危機管理)は普段から比較的よくできているが、クライシス・マネジメント(実際に事故災害が発生した後の危機管理)は不十分だとよく言われてきた。行政当局が発達しているが故に、警察や消防からの連絡は素早くても、それを基にどう救助をするか、救援体制をどう整えるかということはお役所仕事になって、なかなか素早く対応できず、そのために一刻を争うような負傷者の救出が遅れ、死者を増やしてしまうということが、今回も端なくもあったようだ。

 震災後半月ほど経って政府が被災者に20万円を3ヶ月間無利子で貸すという政策を出したと聞いて、思わず苦笑してしまった。防寒のため、あるいは食料を確保するためにどうしてもその救済金を欲しいと思う人は、恐らくほとんどが返済の見込みもない人たちだろう。当然これは給付ではなく貸付金であり、3ヶ月後には返済せよと言われたら、その人たちはほとんど躊躇して借りることもできないのではないか。これは自治体レベルで判断すればいいのだが、被害状況に応じて5万、10万、20万なりの金を臨時に支給するということだってあり得るだろうし、そういう手当をするのがむしろ適切なのではないだろうか。私に同行援護してくれるガイドさんは、この20万円貸し付けの話に憤慨して、与党の政治家が政治資金を高額着服するようなことがある中で、いっそ、そういう政治家たちが自主的に被災民に20万円支給する、ということをすれば皆喜ぶのだろうにと慨嘆して話していた。それが庶民感覚なのだろうと思う。

天災は事前に避けようにも避けようがない。しかし天災に続く人災は、幾らでも少なくしようと思えば少なくできるものだと私は思う。米国では大災害が起きた時すぐにFEMA(米国連邦緊急事態管理庁)が緊急配備態勢を敷いて、まず人命救助を第一に現場を押さえ、対策を取ることが常態化している。その元に政府も軍隊の派遣や連邦警察、州警察を総動員する形で動いている。だがどうも日本では、行政はそういう緊急事態に対する動きが鈍いのではないか。今回の大地震からもそうした教訓を生かしてほしいし、そのためには、地元のテレビ局やラジオ局などが積極的に被災状況を克明に調べ、何をどうすればここまでの被害が出なくてすんだのか、ということを検証する努力をしてほしいと願っている。

(つづく)