風狂盲人日記 ⑳ 日本語教育の大転換

従心会倶楽部の顧問で国際教養大学名誉教授の勝又美智雄先生は、一昨年緑内障の悪化で失明され、ご不自由な生活を余儀なくされておられます。
このような中、近況を「風狂盲人日記」としてご寄稿いただいておりますのでご紹介させていただきます。
今回のテーマは「日本語教育の大転換 」です。

株式会社従心会倶楽部 顧問
国際教養大学 名誉教授

勝又 美智雄 先生

2023年7月5日

 日本語教育の世界が大きく変わろうとしている。今春新しくできた法律で、来年4月以降日本語教師に資格認定制度が導入され、日本語学校も公的機関から認定されることが決まった。日本語教師、日本語学校はこれまで事実上の無法状態にあり、誰でも自由に教師になり学校を作ることができていた。そこに国の法律の網が被せられる訳で、教師、学校共に資格審査が厳しくなる。そのこと自体は総論として、今後の日本が「多文化共生社会」に向けて体制を整える上で極めて重要であり、望ましいことなのだが、具体的な内容がまだ不明であり、日本語教育の現場にかなり不安を拡げつつあることは確かだ。

 日本政府は明治以来つい最近まで、「政府が行うのは日本国民に対する施策であり、外国人に対する政策は政府の関知するところではない」との立場を堅持していた。そこで文部省も「日本国民でない外国人に教育をすることは文部行政の埒外(らちがい)である」と断じて憚らなかった。

 それが、1980年代の中曽根内閣の「留学生受け入れ10万人計画」が政治的判断で打ち出された結果、政府としても対応を迫られたのだが、日本語教育そのものについての検討は殆どなされなかった。私が80年代前半、文部省記者クラブ詰めだった時、同省の幹部らとよく懇談するなかで、外国人に対する日本語教育に文部省は積極的に取り組むべきだと主張したが、全く相手にされなかった。

 そこで89年、日本が経済大国として急成長した中で、中国を始め、東南アジアからの出稼ぎ労働者が日本に殺到し始め、その安直な入国の方法として、日本語学校で学ぶ「留学」を目指した。ところが、そうした外国人の受け入れをする日本語学校の中に、入学金や授業料を取ったまま学校を閉鎖したり、経営者が行方不明になるなどのトラブルが続出し、特に、中国からの留学希望者たちが数週間にわたって上海の日本領事館を取り囲んで抗議するという外交問題にまで発展した(上海事件)。それに慌てた政府は、外務省、文部省、法務省の3省が協議して、応急の善後策を取ることになった。

 しかし法務省は「不良外国人」の入国を波打ち際で止めることに専念しており、外務省は外交問題にさえならなければ教育問題には関知しないという立場だった。そして肝心の文部省は代々の既定方針である「外国人の教育は文部行政ではない」との建前から、日本語学校の審査や日本語教育の内容の検討などについては殆どやる気がなく、日本語教育の話は外局である文化庁の国語課に任せることにした。国語課は当用漢字の制定や送り仮名の是非などを専門家が集まって議論する国語審議会の事務局であり、日本語教育そのものについては事実上殆ど野放しだったと言っていい。

 そうした事情から、日本語学校を巡るトラブルを防止し、日本語教師、日本語学校の質を高めるための新しい機関として、一般財団法人日本語教育振興協会(略称「日振協」)が3省の協力で設立され、この団体が日本語学校を会員として、その会員校の教育内容の審査を引き受けることになった。

その後、21世紀になって政府は国際化時代に対応して、留学生の受け入れ数を一挙に30万人にまで引き上げてきた。

 この間、私は日経新聞記者として、公益財団法人国際日本語普及協会(AJALT)が外国人向けの優れた日本語教科書(Japanese for Busy People)を発刊した70年代にいち早くその社会的意義を評価して、社会面のトップで大きく扱い、その後も日本語教育の世界を継続的にフォローしてきた。記者としての最後の仕事は、2002年に「日本語教育の新世紀」と題する24回の連載を日経紙面で執筆し、日本語学校の実情、日本語教師の実態を詳しく報道することだった。

 AJALTは既に50年以上、来日する外国大使館員、外資系企業、宣教師、学者研究者などに日本語を個人授業することに実績を挙げ、全国各地の自治体が地域に住む外国人を対象に開く日本語講座の指導に当たってきた。そして同時に、東南アジアからの難民に対する日本語研修や、政府が受け入れる海外からの技術研修生の教育指導にも大きな成果を上げてきている。最近ではウクライナからの3000人を超す避難民のうち、日本滞在を希望する約300人に対する日本語教育も担当している。

 私は過去20年AJALTの理事、および日振協の評議委員会議長、評価委員を務め、全国各地の日本語学校の経営状況、教育内容を視察しながら調べ評価していった。その評価の基本姿勢は「こうすればもっと良くなる」という積極的な提言が主であり、学校側の個性豊かな教育内容や、その優れた指導ぶりについては積極的に応援する姿勢を第一にしていた。

 日振協の活動に対して、日本語学校の一部が政治家を巻き込んで「法的根拠がないのに学校を審査するのはけしからん」と主張し、政権を取った民主党が事業仕分けでやはりこの問題を政治的に取り上げて、法的な整備をすべきことを指摘していた。今全国に日本語学校が830校あり、約8万人の留学生を教育している。その大半は日本の大学に留学を希望する人たちなのだが、最近は日本語を学んで仕事を覚えたら本国に戻ってビジネスをしたいという人たちも増えている。日本語学校の7割は株式会社であり、公的機関から教育機関としての審査を受ける学校法人は2割にも満たない。株式会社なので経営が思わしくなければ廃業するという所も少なくなく、それが在校生とのトラブルも生んでいた。

 そうした流れの中で漸く2019年、国会議員全員による議員提案という珍しい形で「日本語教育推進法」が制定され、日本語教師及び日本語学校の認定制度が法律的に整うことになった訳だ。

 先月にはAJALTの総会、日振協の評議委員会があり、どちらにも私はZoomで参加し発言したが、文科省が今後日本語教育に否応なく本格的に取り組まざるを得なくなった場合、この省の最大の特徴として、全国一律公正公平の名のもとに、これまで自由闊達に優れた教育内容で指導を行ってきた日本語学校を一律に枠にはめて、その多彩な個性を摘んでしまう心配があるのではないかということを懸念している。また今、中高年齢者の多くが、増加する在日外国人に対して生活日本語を教える日本語教師になりたいという希望が多いのだが、そこに国家試験の枠をはめることで、むしろ日本語教師になりたいという人たちの意欲を削ぐことになる、あるいは既に日本語教師をしている人たちの間に自分の地位、処遇がどうなるのかという不安が広がっているのも間違いがない。

 文科省・文化庁は今、その認定制度の詳細を固めるため学識経験者を集めて意見を聞いているが、その概要が固まって政府の方針として出てくるのはこの秋から年末だ。その間、AJALTや日振協など優れた団体の意見も十分に取り入れながら、納得のいく方向性を打ち出すように心から願っている。

(つづく)