風狂盲人日記 ⑯ ロシアのウクライナ戦争

従心会倶楽部の顧問で国際教養大学名誉教授の勝又美智雄先生は、一昨年緑内障の悪化で失明され、ご不自由な生活を余儀なくされておられます。
このような中、近況を「風狂盲人日記」としてご寄稿いただいておりますのでご紹介させていただきます。
今回のテーマは「ロシアとウクライナ戦争」です。

株式会社従心会倶楽部 顧問
国際教養大学 名誉教授

勝又 美智雄 先生

2023年3月×日

 ロシアが突然ウクライナに侵攻し、一方的に戦争を始めてからもう一年以上経つ。この事件はロシアの大国主義的横暴に基づく領土奪還戦争なのだが、ウクライナだけでなく世界中を驚かせた強引な戦争であり、ロシアがいつどういう形で敗北を認め、収拾するかがずっと焦点になっていた。しかし未だにその出口は見えていない。

 私は全盲のため日本の新聞、雑誌、テレビなど全く見ていない。ウクライナに関する情報は全てアメリカの24時間ニュース報道番組のNPR(National Public Radio=全米公共ラジオ放送)を毎日数時間聴いて得る情報と、友人達からかかってくる電話や、Zoom会議による研究会で参加者たちと色々意見交換することから得る情報に限られている。このため、以下に記すことは全て私の頭の中に整理したものであり、細かな事実関係、特に数字の類については正確を期すことができないことを予めお断りしておく。 ここで、このウクライナ戦争の動きを私なりに整理すると、次のようになる。

(1)ロシアが突然ウクライナに侵攻した時には、プーチン大統領が「ウクライナ国内でロシア人同胞たちが不当に惨殺されている。その行為はナチスのユダヤ人虐殺に匹敵する非人間的なものであり、我が国はあくまで人道的見地から同胞を救うために止む無く侵攻する」と語った。
 これは数百年前からユダヤ人が大量に居住しているウクライナにとっては全く想像もできない非難だった。しかもロシア側が挙げる映像、写真類についても「悪質なデマ」と猛反発した。後に残虐行為の映像写真類は、ロシア軍が民間から雇った傭兵部隊がウクライナ軍に偽装して作成したものであることがほぼ確実になり、ロシアの「人道的救済」が全く事実無根であることが世界中に知れ渡った。その後、ロシア側はこの「人道的見地」に一切言及することを止め、昨年秋ごろからは軍司令部首脳たちが堂々と「我々の目標は不当に占拠された領土を奪還することにある」と変化し、そのまま今日に至っている。

(2)プーチン大統領は侵攻当初、軍最高幹部達の「早ければ三日、遅くても一週間もあれば制圧できる」との見通しをそのまま信じていた節がある。ところが予想もしない反撃を受け、プーチンは第二次大戦でドイツが降伏した5月のVictory Day(戦勝記念日)までに決着すると言明した。それもおぼつかなくなり、それ以後全くいつ決着するのか不明のままプーチンも記者会見などに姿を見せることなく、ひたすらロシア軍が砲弾をウクライナ国内に撃ち込むことを続けた。

(3)一方、ウクライナは開戦と同時にNATO軍、特に米政府に全面支援を懇請し続けた。同政府は今年1月約100人の兵士を米国に送って、オクラホマ州内の基地で戦闘態勢の特別訓練を受けさせ、その特殊部隊が国内に戻って配置についた。また、ドイツにもかなりの数の兵を派遣し特訓を受けさせ、そうした軍事技術を身に着けた兵隊たちが徐々に配置されるにつれ、ウクライナ軍の防衛態勢もかなり充実してきた。これには米国が「米軍を直接派兵することはないが、武器弾薬は積極的に提供する」と言明し、併せてEU加盟の20数か国が最新鋭の戦車をかなり提供した上、今月に入って戦闘機も4機から20機近くまで提供するようになった。アメリカも戦闘機は送れないが、開戦当初から素早くドローン(無人爆撃機)を提供し、2022年暮れには1,100機ほどを搬送した。それがロシア国内のミサイル基地を叩くことによって、ロシア軍内に2~3万人規模の被害が出たと言われている。戦闘機は単独で動いてもほとんど意味がないが、地上との緊密な連絡を取ることで敵の基地を爆撃することが主な任務であり、その態勢がほぼ今年2月ぐらいから整ったとみてよい。
 そのため、ロシア側は今年に入ってミサイル攻撃を大幅にエスカレートし、今月には自国のミサイルが34発もウクライナ軍によって撃ち落されたことへの反発から、超音速ミサイル弾を12発撃ち込み、ウクライナ側の被害を増大させている。ウクライナ軍の発表によると、今月ロシア側はウクライナ軍の三倍以上の砲弾を撃ち込んできているという。

(4)国連を舞台にロシアに対する非難が続き、国連総会で141ヵ国がロシアの無差別ミサイル攻撃を「残虐な戦争犯罪」として非難する決議を採択したが、ロシアは一向に動じない。更に今月、ロシアがウクライナの子供達を16,000人以上戦争開始前後から親善旅行と称してロシア側に引き入れ、ロシア国内でロシアの素晴らしさを教え、ウクライナの劣悪さを叩き込む洗脳教育をしていることが明るみに出て、国際司法裁判所がプーチン大統領を名指しで戦争犯罪者として告発するという、極めて例のない厳しい措置を取ったが、それに対してもロシア側は無視している。西側諸国はほぼ一致してロシアの経済封鎖を決め、ロシアとの貿易を中止しているため、ロシアも厳しい経済事情に追い込まれているが、米国内の情報機関によれば、この間中国がロシアに数百機のドローンと砲弾を提供し、その見返りとしてロシアの輸出用石油の23%を中国が受け入れることで、中国がロシアの最大の貿易相手国となり、両国の経済・軍事両面の結束を高めている。習近平が今月モスクワを訪問し、長時間にわたってプーチンと会談した内容は全く明らかにされていないが、そうした経済軍事同盟を強化したことだけは間違いないようだ。

(5)ウクライナは日本の1.6倍の国土に4500万人の国民がいるが、女性子供を中心に約800万人がこの1年間に国外に緊急避難している。国内は相当砲撃によって荒らされ、都市部の公共施設や学校、病院、住宅地域まで破壊され、電気・ガス・水道などのインフラ施設も壊され、食糧難もあって非常に厳しい状況にある。だがそれ故にロシアに屈服する気配は全くない。たとえロシアが領土奪還を宣言したとしても、それで収束するとはとても考えられない。プーチンがヘリコプターで現地を視察して回ったが、その瓦礫の下にはまさにそこに住んでいたロシア人同胞も相当多数死傷しているはずだ。つまり何のための戦争なのかが全く分からないという状況にロシアが追い込まれていることだけは間違いない。因みにアメリカの経済学者の推計によると、この1年間のロシア軍の爆撃により、広大な穀倉地帯と言われたウクライナの農地は相当に被害を受けており、それを1年半以前までの状態に戻すには、どんなに早くても5年から10年はかかる見込みだという。戦争がどういう形で終わるにせよ、ウクライナ国民はその戦禍の後始末と農地の回復、市民生活の回復には相当な時間とエネルギーと経済的負担を強いられることになるだろう。全く心が痛む話ではある。

(つづく)