風狂盲人日記 ⑰ 秋田美人の謎

従心会倶楽部の顧問で国際教養大学名誉教授の勝又美智雄先生は、一昨年緑内障の悪化で失明され、ご不自由な生活を余儀なくされておられます。
このような中、近況を「風狂盲人日記」としてご寄稿いただいておりますのでご紹介させていただきます。今回のテーマは「秋田美人の謎」です。

株式会社従心会倶楽部 顧問
国際教養大学 名誉教授

勝又 美智雄 先生

2023年4月30日

 23日の日曜日、東京神田で開催された結婚披露宴に出席した。大学退職後東京で親しくなったM子のファンクラブ会長と応援団長を自認しているので、その友人代表として喜んで祝辞を述べさせてもらった。

 M子は秋田市郊外の農家の出身。私が2004年から16年まで務めた国際教養大学の場所と同じで、彼女が中学・高校生の頃、恐らく田んぼのあぜ道や農道で何度かすれ違っていたはずだ。彼女は私と同じ東京外大を卒業した後、東大の大学院で国際協力論を学んで修士号を取得し、その後私の友人が経営する研究所で主に日本とインドネシアの経済交流事業、人的文化的交流事業の促進に努めていた。
そして新郎はやや年長の会社幹部で、2年ほど前異業種交流会で知り合い意気投合してゴールインすることになったという。

 M子の最大の特徴は、知的好奇心に満ちて、知らないことにはどんどん興味を持って聞き、相手の気を逸らさずに楽しい会話ができること。たまたま彼女の住んでいたアパートが、同じ足立区内の私のマンションから歩いて30分ほどの距離だということもあり、最寄りの駅前の居酒屋で夜8時ぐらいからあれこれ話し込んで、気が付いたら午前2時、3時となっていて、慌ててタクシーで帰るということも2、3度あった。

 私が秋田に移り住んだ頃には、『秋田美人の謎』という本が幾つも出ていて、シベリアや大陸からの人種混合説や、日照時間が短いこと、海の幸・山の幸が豊富で栄養バランスがいいため、血色の良い明るく元気な子が育つことなど、様々な理由が述べられていたが、どれも決定的な原因解明には至らず、結論は常に「何故か秋田には美人が多い」だった。

 私はその謎を自分では解けた、と思っている。その最大の理由は、秋田の女性は男を励まし元気にさせる術を心得ていて、特に夫婦間では「うちのお父ちゃんのやることに間違いはない」「夫にはこんな素晴らしい点がある」と素直にうなずく人が圧倒的に多いことだ。東京では経済不況が続けば続くほど、生活が苦しければ苦しいほど、夫の甲斐性の無さを面と向かってなじったり、子供に「お父さんのようになったら駄目よ」と言う家庭が多いようだが、秋田ではまずそんな風景は考えられない。「私たちがこうして皆元気で明るく楽しく過ごせるのもお父さんのお陰」「お父さんが色んな趣味を持って能力を発揮するのは素晴らしいことだわ」と夫を素直に信頼し、尊敬している妻が非常に多いのだ。

 そういう妻たちが常に明るくしていられるからこそ、また家庭も円満になっている訳で、子供達も母親の言葉を素直に受け止めて、「うちの父ちゃんはエラい」と信じて疑わない。だから秋田県内のどの田舎を回ってみても、主婦やおばあちゃんと会うと皆ほぼ例外なくニコニコして、優しく応対してくれる。その笑顔が実に素晴らしいのだ。そこで否応なく「ああ、この人は昔も今も素晴らしい美人だろうな」と思わせる人たちが多いのだ。これは全国でもかなり珍しい、しかも貴重な秋田独特の精神風土ではないか、と私は常々思ってきた。

 そう言えば、20年以上前ある週刊誌が全国の県庁所在地で地元の商店街やお店、食堂などで見かける地元の女性、十代から五十代ぐらいまで100人をアトランダムに選んで、それを美人か普通か不美人かと、〇、△、×で表現したことがある。選ぶのは雑誌編集者とカメラマン、デザイナーなどだが、殆どの県では〇の美人が1割程度なのだが、秋田だけは飛びぬけて多く、30数パーセントと高かった。そこでもやはり、「何故か秋田に美人が多い」が結論となっていたが、その美人の根拠としてやはり「笑顔が美しい」というのが決定的に重要な要素になっていた、と記憶している。

 そういう秋田美人の特徴をそのままDNAに持ったM子が、これからの結婚生活で、仕事の上でも、また家庭の上でも、笑顔のままで明るく楽しく過ごしていくだろうことは容易に想像できる。

 祝宴の締めくくりに、M子の父親が二人の門出を祝して松山千春の『大空と大地の中で』を歌った。音量豊かで、難しい高音部の長いフレーズを楽々と歌いこなしていた。後でM子に聞くと、「宴会にバラエティーを持たせようと父に頼んで歌ってもらった」とのこと。普段畑仕事をしながら好きな曲を口ずさみ、晩酌の後カラオケでのど自慢するのを、奥さんと娘が楽しそうに聞いている風景が目に浮かんだ。その母娘の表情は慈愛に満ちて優しく、愛する人を包み込む慈母観音の笑顔に似て、それこそが秋田美人の謎の秘密だと私は思っている。

(つづく)