風狂盲人日記 ⑪ Zoom講演に挑戦

従心会倶楽部の顧問で国際教養大学名誉教授の勝又美智雄先生は、昨年緑内障の悪化で失明され、ご不自由な生活を余儀なくされておられます。
このような中、近況を「風狂盲人日記」としてご寄稿いただけることになりましたのでご紹介させていただきます。
今回のテーマは「Zoom講演に挑戦」です。

株式会社従心会倶楽部 顧問
国際教養大学 名誉教授

勝又 美智雄 先生

2022年 11月 ×日

 9月から10月にかけて土曜日の午後、国際交流団体の依頼に応じてZoomによる一般向け公開市民講演会を実施した。講演は新聞記者時代から殆ど毎月何度かやってきていたが、2年前失明して以来、講演をするのは初めての試みとなった。Zoomによる会議は現在でも毎月3~4回はあって、参加者の意見を聞きながら自由に発言することを続けてきているが、まとまった話を全く原稿も見ずにやることは初めてになるので、最初は躊躇したが、幸いうまくできてホッとしている。

 依頼主は国際交流に長く携わってきた国際芸術家センター(IAC)で、戦後長い間世界各国の芸術団体を日本に招いて、公演を支援する一方、日本の郷土芸能、盆踊りなどを分かりやすくアレンジして国内だけでなく海外に舞踊団体を派遣する事業を行っていたが、コロナの影響で全くそうした公演活動ができなくなったため、別な企画としてZoomを利用した市民講座を断続的に開催して、今回それを単発ではなくシリーズ化する形で私に話を持ち込んできた。

 テーマは「日本と世界との関係を考える」で、その第一弾を引き受けることにした。

 第1回は、時代によって求められる人間類型の違いを論じた。1960年代から90年代まで通して、日本の国際化の時代の中で「国際人」の活躍が期待されてきたが、2000年代はグローバル化の時代と言われる中で、「グローバル人材」の育成が急務だという形で、政府、企業社会の間で求められる人間像に大きな変化があったことを示した。「国際人」は基本的に企業の海外進出を担う人材であり、現地で事業展開する上で地元の市場としての特徴を理解し、それを東京本社に伝えて海外ビジネスをスムーズに行うことが期待されたわけであり、そこでは「国際人」は海外事情に通じて英語でビジネスができるということが求められていた。一方、「グローバル人材」の方は、必ずしも企業の先兵として活躍するという以上に、日本人が一人の地球人あるいは地球市民として、どこの国、どこの地域社会に入っていってもそこで現地の人たちに信用され、信頼される人間として活動するということに力点が置かれており、その意味ではまず自分の専門分野であるビジネスでプロとして優れていることが第一条件であり、次にその人間性そのものが問われることであって、英語力自体はそれほど重要視はされないということが特徴になっている。

 第2回は「留学の意味と意義」と題して、明治以降日本が近代化を進めるにあたって留学生が果たした役割というものを改めて考え直すことにした。その具体的な事例として、森鴎(1862‐1922)、夏目漱石(1867-1916)、永井荷風(1879‐1959)の3人の文学者を取り上げて、それぞれの留学体験から私たちが何を参考にすべきかを論じた。この中で、日本の近代化そのものを担う形で最も優れた留学成果を上げたのはドイツに留学した鴎外であり、最も惨めな体験に終始してノイローゼで半強制的に帰国せざるを得なかったのが、イギリスに留学した漱石であり、永井の場合は正確には留学とは言えず、父親(明治国家の高級官僚から大企業の社長を歴任)の資産と人脈を当てにして、ニューヨークに4年、フランスに2年、事実上遊び暮らしたのだが、その中でアメリカでもフランスでも社会の底辺に蠢く(うごめく)人たちの生活実態をつぶさに観察し、また共感を持って付き合う中で、人間を見る目を豊かに養っていったということが言える。こうした留学体験は、今世紀に入って文科省が「英語が使える日本人を育成することが急務である」として「トビタテ、留学JAPAN!」のスローガンを掲げて若者の留学を積極的に支援する政策を打ち出し、全国の高校・大学がほぼ一斉に留学プログラムの充実に取り組んできている現状を見ながら、そうした留学の意義について決してバラ色ではなく、かなり慎重に考えなければならないことを指摘したかったからだ。

 第3回は、日本人と外国人の日本に対するイメージギャップが今日でも相当大きいことを指摘した。これは、この20年間全国の大学や高校、あるいは市民団体などで講演した際、日本が大きいと思うか小さいと思うか、という問いを出すと、常に8割以上の参加者が日本は小さいと答え、その理由も「国土が狭いから」という理由を挙げてきている。
 ところが領土問題というのは、領海問題なのであって、簡単に言えば排他的経済水域(EEZ)がどれくらいあるかということで言うと、日本は国土の面積こそ190ヵ国以上ある国連加盟国の中で61位だが、領海は小笠原諸島から沖縄諸島周辺までも含めて世界6番目の領海の広さを持っており、日本の領土紛争というのは領海紛争、尖閣諸島、竹島しかりということであり、また経済力は依然としてアメリカ、中国に次いで世界第3位であり、軍事力も9位には入っている。しかも人口が1億2000万人というのは、世界でも今日11位であり、ヨーロッパの大国と言われるドイツの8300万人、イギリスの6800万人、フランスの6500万人と比べても、如何に日本の人口が大きいかがよく分かる。つまりそうした事情だけから考えてみても、日本は世界から見れば大国であることは間違いない。日本人が「日本は小さな国で」と言ったら、この人は自分の国について無知であることを示し、馬鹿にされてしまうだろう。
 日本人が外国を理解することは、実はその国と比較して日本の歴史や文化の個性を理解することに他ならないのであって、それが国際理解教育の最も重要な点だと私は考えている。

 以上のようなことで、3回のシリーズを各回45分話をし、あと30分Q&Aをしたが、幸い毎回約40人の参加者からは大変に好評で、暖かいメッセージを沢山いただいた。
 主催者はこれに気を良くして、新年にもまたこの続きをやろうということを考えており、その際にはまた別なテーマで喜んでやりたいと思っている。目が見えなくても頭の中に入っていることで、自分なりに物事を整理して考える力を訓練する上でも、ボケ防止に役立つと考えている。

(つづく)