カテゴリー別アーカイブ: 季節の話題

腐草蛍と為る(ふそうほたるとなる)

蛍が明かりをともし、飛びかうころ。
昔の人は、腐った草が蛍に生まれ変わると信じたそうです。
蛍といえば、きれいな水辺に住む、源氏ボタルや、平家ボタルを思い浮かべる
かもしれません。ですが、日本には四十種以上のホタルがいて、しかも沖縄に
は、約二十種の蛍が住んでいて、一年を通じて蛍に出会えるとか。雨上がりの
夜、ガジュマルの林にふわりと舞う、蛍の光は幻想的。
ちなみに同じ源氏ボタルでも、光っては消える明滅の間隔が地方によって違い
ます。関西では二秒に一回、関東では四秒に一回。理由はばだわからないそう
です。
〔出典〕日本の七十二候を楽しむ-旧暦のある暮らし-
    白井明大著、東邦出版
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蟷螂生ず(かまきりしょうず)

かまきりが生まれるころ。
畑仕事の目安になる七十二候に、かまきりが登場するのはなぜでしょう?
稲や野菜には手をつけず、害虫を捕まえてくれるからかもしれません。
とはいえ、そんな人間の都合はおかまいなしに、かまきりには生態があるだけ
です。生き生きと。
おれの こころも かまも
どきどきするほで
ひかってるぜ
          工藤直子「おれはかまきり」より          
〔出典〕日本の七十二候を楽しむ-旧暦のある暮らし-
    白井明大著、東邦出版
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麦秋至る(ばうしゅういたる)

麦が熟して、収穫するころ。
実りの季節を、麦の秋と呼びならわしました。
麦嵐なぎたるあとの夕餉かな  萩原麦草
夏服への衣替えの時期。
制服が切り替わった学生の頃のほうが、大人になってからより季節の変わり目
に敏感だったかもしれません。洋服ダンスも、冬服から夏服に入れ替えです。
「この服はもう着ないかな」とか、「そろそろ新しい服が欲しいな」とか、そ
んなことにも気がつきながら。いまは6月と10月(南西諸島は5月と11月)
にしていますが、古く平安時代には旧暦の4月と10月に行われ、更衣という
ならわしでした。
〔出典〕日本の七十二候を楽しむ-旧暦のある暮らし-
    白井明大著、東邦出版
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紅花栄う(べにばなさかう))

紅花がいちめんに咲くころ。
化粧の紅がとれる花摘みは、ちくんととげに刺されながら。
黄色い花を咲かせ、紅の材料となる紅花。
古くは和名を、呉藍(くらのあい)といいました。中国の呉の国からきた、藍
色という意味。そこから転じて、くれない(紅)となったようです。
紅花の花びらは上のほうに水がとける黄色の色素、下の方に水に溶けない赤の
色素を含んでいて、水にさらしては乾燥させながら、紅色にしていきます。
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〔出典〕日本の七十二候を楽しむ-旧暦のある暮らし-
    白井明大著、東邦出版

蚕起きて桑を食う(かいこおきてくわをくう)

蚕が、桑の葉をいっぱい食べて育つころです。美しい絹糸となる繭を、小さな
体で紡ぐのです。
ちょうどこの時期にあたる旧暦の四月には、木の葉採りつ月という別名があり
ます。蚕のえさである桑の葉を摘むころ、という意味です。養蚕は戦前まで日
本で盛んで、たくさんの桑畑が広がっていました。蚕は美しい糸をはいて繭を
つくり、その繭から絹の糸がとれます。東北では蚕の神さまを、おしらさまと
呼んでいました。
まゆひとつ仏のひざに作る也    小林一茶
〔出典〕日本の七十二候を楽しむ-旧暦のある暮らし-
    白井明大著、東邦出版
桑の葉

太陽と月の暦

人は昔から、太陽や月のめぐるリズムを、季節や月日などを知る手がかりにしてきました。地球が太陽のまわりを一周する時間の長さを一年とするのが、太陽歴。月が新月から次の新月になるまでを一か月とするのが、太陰歴です。
旧暦というのは、太陽暦と太陰歴を組合わせた太陰太陽歴のことで、明治五年(1872年)に「改暦の勅書」が出されるまで長い間親しまれてきた、昔ながらの日本の暮らしの暦です。旧暦では月日は、月の満ち欠けによる太陰歴で定めていました。(新月の日が毎月一日になります。)季節には、太陽暦の1年を四等分した春夏秋冬の他に、二十四等分した二十四季節(にじゅうしきせつ)と、七十二等分した七十二候(しちじゅうにこう)という、こまやかな季節の移ろいまでが取り入れられていました。
今後、随時ご紹介したいと思います。
〔出典〕日本の七十二候を楽しむ-旧暦のある暮らし-
    白井明太著、東邦出版㈱発行
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